プロフィール
具志堅興清
針灸開業歴四十余年。 中国針専門。 得意は脈診(みゃくしん)。 具志堅鍼灸治療院 治療時間 午前9時~午前11時 午後2時までは昼休み 午後2時~午後6時 日曜日は毎週、休みです。 公休日は治療しています。 針治療するハリは、衛生的で安全な 使い捨て針を使用しています。 新しい針灸院は、「幸地入口バス停」の奥にある「首里福音教会」前の急坂道の裏の行き止まりにあります。 西原町字幸地 586―20 が新住所名です。
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てぃーだブログ › 「針灸おじさん」=具志堅興清

「特選愛唱歌集」を増刷す

2012年05月07日

1、690―『 「特選愛唱歌集」を増刷す 』


 私の「自家本」のなかに「特選愛唱歌集」があります。


 松川に居たときに製本しました。

 一冊に大好きな演歌の歌詞を25曲収録してあります。

 50曲を2冊にまとめました。

 製本したのは各々三冊です。


 

 ところが引っ越し作業のどさくさで、各々二冊を失いました。

 さいわい各々一冊ずつ残りました。


 今日は、仕事の暇ひまに2冊の「特選愛唱歌集」をプリンターで多めに増刷することにしました。


 今さっき、無事に増刷作業が終了しました。  

Posted by 具志堅興清 at 21:01Comments(0)趣味

投稿掲載を患者から知る

2012年05月07日

1、689―〇 『 投稿掲載を患者から知る 』


 今日の午後、Nさん母娘が治療に訪れました。

 治療室に入ると同時にNさんが言いました。

 「センセイ、先日の新聞に投稿文を載せていましたね」

 「先日とおっしゃいますと?」

 「先週の中ごろの新報の「ティータイム」です」

 「いやぁ、書いた本人は全く気づきませんでしたよ」



 帰り際にNさんが尋ねました。

 「あの新聞まだ家にありますか?」

 「きのう一週間分の新聞をチリに出したから、もうありません」

 「じゃあ、これをセンセイに差し上げましょう」

 Nさんは、私の投稿文の載った新聞を鞄から取り出してプレゼントしてくれました。  

Posted by 具志堅興清 at 18:40Comments(0)ブログ投稿ばなし

「何もしない人は失敗もしません!」

2012年05月07日

1、688―〇  『 「何もしない人は失敗もしません!」 』



 十数年も前の話です。

 中部のあるホームセンターで友人のM君に出会いました。

 彼には女性の連れがいました。

 彼のほうから口を開きました。

 「今度結婚することになったA子です」

 長身で大柄な超美貌の女性でした。

 M君も超美男です。

 似合いのカップルだと私は感じました。

 お二人とも晩婚でした。



 その後、たびたびA子さんを治療する機会がありました。

 しかし毎回、A子さんは無口のままでした。



 M君と話す機会があった際、私は思い切って尋ねました。

 「A子さんは君とは、けっこう、しゃべるでしょう?」

 「いや、しゃべりません!」

 「少しは、しゃべるでしょう?」

 「いいえ、少しも、しゃべりません!」

 「それでは、息が詰まるでしょう?」

 「はい、毎日、息が詰ります。しかし可愛い子を三人も生んでくれました」

 「いったい何処で知り合ったの?」

 「会社の面接です。私は試験官で彼女は受験生でした」

 「そこで一目ぼれ?」

 「顔にではなく言葉の模範解答に惚れました」

 「さっぱり意味が分らんけど」

 「彼女は今でも他人との形式的会話なら、けっこうやってくれます」

 「本音の会話が苦手?」

 「苦手どころか、彼女は慣れた相手とは会話しません」


 「子供達とは、しゃべるのか?」

 「いいえ、しゃべりません」

 「それは大変だ」

 「別に母子の場合は問題ありません。声なき声でも会話は可能のようです」


 「炊事・洗濯はやってくれるのか?」

 「はい、それだけはやります」

 「その他は?」

 「テレビを観ています」

 「寝ながら観てるでしょう?」

 「どうして分るの?それ以外の時も何時も横になっています」

 「結婚以来、A子さんが失敗をおかしたことなど一度もないでしょう?」

 「何にもしない人が失敗なんかするはずがないでしょう!」  

Posted by 具志堅興清 at 13:15Comments(0)人生論

「北浜のレストランの跡」

2012年05月07日

1、687―〇 『 「北浜のレストランの跡」 』



 *自分が歌うための演歌の作詞です






 1、 今はもうないけれど


    今日もレストランの跡を通ってきた。


    通るたびに目が潤む。


    泣かすは 息子のあの日の笑顔



 2、 今はもうないけれど


    あの日の記憶は そのままです


    なぜだか自分は 眺めるだけ   


    息子は ひたすら眺めていた


 
 3、 今はもうないけれど


    息子の笑顔も消えたけど


    輝いていた あの日の笑顔


    二十歳(はたち)の秋の 夕暮れの空


      

Posted by 具志堅興清 at 08:46Comments(2)「演歌」の「作詞」

今や「人間関係」の悩みなど一切ありません!

2012年05月06日

1、686―〇 『 今や「人間関係」の悩みなど一切ありません! 』



 今年72歳の私には、今や「人間関係」の悩みなど一切ありません!


 どうしてなのでしょうか?


 いまや悟りきって地球上から「嫌いな人」がいなくなったのでしょうか。


 とんでもありません。


 年とともに「年寄りの僻(ひが)み」の性癖が自ずから増大し、「大嫌いな人間」なら若い時代よりも、むしろ増えているはずです。




 実は、もはや私には、「相性のよい相手」と「相性の悪い相手」の識別能力が出来上がったからなのです。


 ちなみに若い時代の私に「人間関係」の悩みが湧いたのは「相性の良し悪し」の区別が身に付いていなかったからなのです。


 今の私は、「相性の悪い相手」から嫌われると、悩むどころか心のなかで快哉(かいさい)すら叫びます。


 いずれ私も嫌いになる可能性のある人物が、これで疎遠になってくれるのだと思うと、むしろ安堵感すらおぼえます。


 老年期になると「相性の悪い相手」からはサッサッと嫌われたほうが都合がいいのです。


 余計なエネルギーを費消しないで済むからです。


 節約した、これらの貴重なエネルギーを「相性のいい相手」に傾注出来るからです。


 これこそ私の言う「人間関係」における「省エネ」にほかなりません。


 ただし若い方々は私の真似はしないでください!


 若い人間が私の真似をした日には、、同時に「相性の良い相手」まで失ってしまう恐れがあるからです。


 人は「相性の良い相手」を失ったとき、孤独に陥るのです。


 「相性の悪い相手」を失って孤独に陥る人間なんて、この世に一人も存在しません!       

Posted by 具志堅興清 at 20:50Comments(0)人生論

「アチコーコー豆腐」

2012年05月06日

1、685―〇 『 「アチコーコー豆腐」 』



 
 夕方、行きつけの食品スーパーに行ったら、ぬるくなった豆腐しかありませんでした。


 スーパーの豆腐コーナーの豆腐は私にとっては三種類あります。


 手触りが「熱い(アチコーコー)豆腐」と「ぬるい豆腐」と「冷え切った豆腐」の三種類です。

 
 まず「冷え切った豆腐」なら私は絶対に買いません。


 「ぬるめの豆腐」であれば、買い求めて家で野菜その他と一緒に煮て食べます。


 「アチコーコー豆腐」であれば、そのまま生のまま食べます。


 帰宅後、野菜と一緒に煮るべく「ぬるい豆腐」を買い求めました。



 そのスーパーからの帰り、時間つぶしのため別の食品スーパーにも立ち寄りました。


 そこの豆腐コーナーを通り過ぎるとき豆腐に触れたら、「アチコーコー豆腐」でした。

  
 なんの躊躇もなく買い物かごに放り込みました。


 沖縄豆腐の真味は生豆腐のなかにあるからです。


 先のスーパーで求めた「ぬるめの豆腐」は明日用に冷蔵庫に保管すれば済むことです。



 今晩の夕食は「生豆腐」と「大根の漬け物」でした。


 「「大根の漬物」は私が最近になって発明した「漬物」です。


 まず大根や白菜やラッキョウの「一夜漬け」を水でキレイに洗います。

 それを容器の底の半分ぐらいに詰め、その上に市販の「キムチ」を積み重ねます。


 「キムチ」は私のお腹に刺激が強すぎますが、容器の下の大根や白菜やラッキョウは、私のお腹にも何の抵抗もなく、おいしく食べられます。  

「書斎」が完成しました

2012年05月06日

1、684―〇 『 「書斎」が完成しました 』



 今日の午前中で念願の「書斎」が完成しました。


 松川にいたころ、私と「本棚」との付き合いは40年以上にもなっていましたので、探したい本をすぐに見つけることが出来ました。


 松川時代の「本棚」の配置と今日完成した書斎の「本棚」の配置は全く異なります。


 ですから、「本棚」の各段の蔵書の並べ方は、まさしくゼロからの出発になります。


 並べ置き方の基本は、頻繁に使う本は手前の見つけやすい場所に置くことになります。


 そして、今後読む機会はないかもしれない本は奥の見つけ難い場所に置くことになります。


 ですかたら、もう読みそうにない蔵書の置き場所は早々に決まることでしょう。

 
 問題は、まだまだ読み調べに使う蔵書の置き場所です。


 おそらく場所が定着するには、二カ年ぐらいはかかるかもしれません。


 さらに、目的の本を早々に取り出せるようになるまでは数年はかかることでしょう。  

Posted by 具志堅興清 at 13:13Comments(0)趣味

「私、いよいよ結婚します!!!」

2012年05月05日

1、683―〇 『 「私、いよいよ結婚します!!!」 』



 40年近い前の思い出話を致します。


 家内と見合いした翌日、私は当時の一番の親友だった山城君を「大事な話があるから」と呼び出しました。

 
 当時の私は右から左にわたる様々なサークルに属していました。

 
 山城君は左寄りのサークルで出会った親友でした。



 以下、その時の山城君と私の会話を再生してみます。


 

 「山城君。私、いよいよ結婚します!!!」


 「それはそれは、おめでとうございます。コウセイさん」


 「相手は誰だと思う?」


 「僕に分かるはずはないでしょう」


 「それが、実は君のよく御存じの女性なのです」

 「いったい、誰なんです!」

 「F家の順子だよ」

 「なんですって! 彼女は私の同級生で幼馴染なんです」

 「それに親戚だというではないか」

 「そうなんです。遠い親戚にも当たります」


 「君から見たら、どんな女性だったの?」


 「そりゃ、コウセイさん。最高の女性ですよ」

 「最高の女性か」

 「もちろんですよコウセイさん。それに母親の美代さんも最高です。義父の真義さんは、さらに最高の父親です」


 これで私と家内の結婚が盤石になったものと、山城君と別れたあと、私は、つくずく感じました。


 山城君が、その日に言ったように家内も最高の女性でしたし、両親もまた最高の方々でした。  

Posted by 具志堅興清 at 20:09Comments(1)家族ばなし(思い出話全般)

「書斎作り」

2012年05月05日

1、682―〇 『 「書斎作り」 』


 転居当初から手掛けてきた私の「書斎作り」が、いよいよ明日で完成予定です。

 思えば9か月近くかかったことになります。

 市販の本棚を購入して並べれば短期間で済ませられる作業でしょうが、転居前からアイディアをねっていた本棚作りに時間がかかり、明日ようやく完成にこげつけそうです。


 治療室に隣接した私の書斎は四畳半の部屋です。

 そこはまた、パソコンを楽しむ部屋でもあります。

 さらには、インターネットから演歌を聴いたり録音したりする部屋でもあります。  

Posted by 具志堅興清 at 18:22Comments(0)趣味

「老年の結婚」

2012年05月04日

1、681―〇 『 「 老年の結婚 」 』



 「老年の結婚」あるいは「老年の恋愛」―かなり難しいテーマです。

 しかも私も年齢的には、まぎれもない老年の一人です。


 しかし頑張って挑戦してみます。


 「老年」には「不倫」なんて、もはや精神的にも肉体的にも、とてもとても無理な暴走(?)ですから、「老年の結婚」あるいは「老年の恋愛」とは、連れ合いを亡くした人に限るテーマということになりましょうか。




 私は「老年の恋愛」や「老年の結婚」を左右するのは「食欲」と「孤独」が大きな要素だとみています。


 つまり「食欲」は身体的に「色欲」と密接に連動しているからです。


 それに「孤独」は、おのずから相手に対する精神的な大きな求心力になるからです。




 まま、「老年の結婚」は悲劇的な結末をたどります。


 それは本来ロマンチックな夢物語であるはずの男女の恋とは無関係な、あまりにも世俗的で日常生活的な「食欲」と「孤独」がかかわっているせいかもしれません。


 私は老年期の結婚、特に相手が年の離れた場合の悲劇は男性の場合に起こりがちだとみます。

 その代表的例が江戸時代の俳人の小林一茶です。

 私たちの周りにも悲劇的結末の例は、けっこうあります。


 やはり男性は老年期に至るまでは、「食の細さ」と「孤独に対する抵抗力」は手に入れておくべきではないでしょうか。

 老年期に限っては、食の質と量の抑制は色欲の抑制にも直結しているからです。


 老年期に限っては、その気になれば孤独を楽しむことが十分に可能だからです。

 
 思うに「老年の恋」なんて、相手の幸せを祈るだけでも十分に満たされるものではないでしょうか。  

Posted by 具志堅興清 at 22:07Comments(0)人生論

「大阪のミナちゃんへの私信」

2012年05月04日

1、680―〇 『 「大阪のミナちゃんへの私信」 』


 頑張り屋で超美人のミナちゃん、お変わりありませんか。


 お会いした正月からアッというまに、四か月が過ぎました。


 肩こりのミナちゃんですが、肩や首の凝りは辛くありませんか?

 腰痛持ちのミナちゃんですが、朝、腰が硬くなりやすい今日この頃ですが、どう気合いを入れていますか?


 超元気者のミナちゃんのことですから、すでに気合いを入れる方法は沢山お持ちだと思います。




 我が子らに関しては父親の私は、むかし(母親が健在のころ)から今にいたるまで放任主義の私です。


 したがって全く気になりません!

 
 しかし貴女のように息子を支えてくれている人間に関しては、我が子以上に幸せになってもらいたいので、ついつい気になるのです。  

Posted by 具志堅興清 at 20:04Comments(0)家族ばなし(思い出話全般)

神経痛が悪玉を善玉に変えた!

2012年05月04日

1、679―〇 『 神経痛が悪玉を善玉に変えた! 』


 昔から「人生の苦難は人生の最大の教師である」と言われてきました。


 病気も例外ではありません。


 私は若い日の闘病生活のなかで人生の「生きる術(すべ)」を手に入れました。


 ちなみに「生きる術」とは「人生いかに生くべきか」という根本の思想(ものの考え方)のことです。




 同時に私は闘病生活のおかげで、後々の仕事(鍼灸治療)の上でも大いに役に立つ一大発見をしました。


 それは、「かゆみ」や「鼻水」は憎たらしい「悪玉」ではなく、善玉のなかの「善玉」だという発見です。



 若い頃、私は10年以上も「神経痛」に苦しめられました。

 私が患った神経痛は、神経痛の横綱と称される「三叉神経痛(さんさしんけいつう)」でした。

 発作が起こると顔面部に猛烈な激痛が走る神経痛です。







 激烈な三叉神経痛との戦いの最中、私は「かゆみ」と「鼻水」には幾たびも救われました。

 神経痛の発作が続いているとき、体のどこかに「かゆみ」が生じたとたん、激烈な痛みが夢のように消え去るのです。

 神経痛の発作がつづいているとき、「鼻水」が出だしたとたん、激烈な痛みが、それまた夢のように消え去ってしまうのです。


 当時の私は「かゆみ」と「鼻水」を、最大最強の救いの味方として心から神様扱いしました。


 その後、鍼灸師になり、他人様の凝りや痛みともかかわるようになって、「かゆみ」と「鼻水」が「凝りや痛みの患者」の最大最強の味方である事を再確認しました。


 さらに古い針灸医学の「経脈理論」を究め、体中の「気の循環」を理解してくるにつれ、「かゆみ」と「鼻水」が、実際は人体の不調を正すための「善玉」だという事の理論的な裏付けも出来るようになりました。  

Posted by 具志堅興清 at 15:52Comments(0)人生論

「若き夏の日の実験」

2012年05月04日

1、678―〇 『 「若き夏の日の実験」 』


 私は24歳の冬に初めてヤマトに渡りました。

 復帰前のパスポートの必要な時代です。

 目的は神奈川県の辻堂にある有名な断食寮に入るためでした。

 寮長は一週間に一度、寮生を集めて健康講話をしてくれました。

 ある日の講話で寮長は冗談まじりに次のような話をされました。


 「もし、この中に肉や卵や牛乳が大好きな人がいましたら、これらをビニール袋に入れて腐らせてから臭いを嗅いでみてください!」



 退寮後の夏、好奇心旺盛な私は鎌倉のアパートの一室で、早速、実験に取り掛かりました。


 ビニール袋を幾枚も重ねた中に肉、卵、牛乳、野菜、果物、を次々と別々に入れては、猛烈な腐敗臭をかぎました。




 人の平均体温は36度5分です。

 鎌倉の夏の気温も、ほぼ同じ温度になります。

 人の胃袋や腸の管も密閉した袋の状態です。

 ビニール袋もひもで入口を結べが密閉状態になります。




 この実験は、私のその後の普段の「食事」に大革命をもたらしてくれました。  

Posted by 具志堅興清 at 09:51Comments(0)「針灸医学」

「鼻炎体質」と「蓄膿症体質」

2012年05月03日

1、677―〇 『 「鼻炎体質」と「蓄膿症体質」 』


 鼻の病気にも色々ありますが、代表的なのが「鼻炎」と「蓄膿症」(副鼻腔炎)です。

 この両者、同じ鼻の病気ですが全く「似ても似つかない異なった病気」なのです。



 ちなみに私は少年期から青年期にかけて十年以上も「副鼻腔炎」(蓄膿症)に苦しめられました。


 そして私の今は亡き家内は、「鼻炎体質」でした。


 「鼻炎体質」と「蓄膿体質」は、同じく鼻の病気ですが、その人の有する「発散力」の差から区分けされます。


 起こる原因は両者とも下方へと降るはずの「お腹のガス」が上方へ衝(つ)き上がった結果、起こされる鼻の異常です。

 お腹から上方へ「体内排気ガス」が衝き上がっていく現象を「上衝(じょうしょう)」と称します。




 体の有する「発散力」とは、体内にたまった体内排気ガスの体外への発散(放散)を促す力のことです。


 「鼻炎」とは、「発散力」による諸々の症状のことです。

 まず鼻粘膜に「肉の腫れ」を生じさせて体内排気ガスを出やすくさせます。




 続いて、「肉の腫れ」の部分からガスの混ざった「水分」が出されます。

 それこそ「鼻炎」の際の「鼻水」の正体です。




 一方、副鼻腔炎(蓄膿症)は、人体に「発散力」が衰えたときに起こります。


 たまった体内排気ガスを外へ排除する力(発散力)が無いので、体内排気ガスは鼻の奥にある幾つもの「副鼻腔」へと浸透拡散してしまいます。

 これらの汚れたガスは、副鼻腔の壁に炎症をおこさせます。

 その炎症の結果の膿が蓄膿症(副鼻腔炎)の際の「青バナ」の正体なのです。



 なお、「鼻炎」の方は、意外にも丈夫で働き者です。

 それに頭の働きも、意外に活発です。

 鼻の奥の副鼻腔がいつもキレイに掃除されているからでしょう。


  
 逆に「副鼻腔炎」(蓄膿症)は歯の底に膿を溜めた「歯周炎」のようなものです。

 つまり脳底部の壁の向こう側に膿を一杯溜めた状態です。

 頭の働きも目に見えて低下していきます。




 ただ両者とも針灸治療における「ツボ」は全く同じです。

 ということは「蓄膿症」の治療を得意とする私は当然、「鼻炎」も得意とすることになります。  

Posted by 具志堅興清 at 21:17Comments(0)「針灸医学」

「一男さんの体質」

2012年05月03日

1、676―〇 『 「 一男さんの体質」 』


 今日私が治療した一男さんも私との付き合いが辞められない患者の御一人です。

 その理由は私に体質がソックリだからです。

 残念ながら完治させることの出来ない私ですが、彼らの長年の苦悩を唯一、正しく知っているのが私なのです。

 その理由も私に体質がソックリだからです。

 体質がソックリならば、頭のてっぺんから足の先までの凝っている場所の正確な指摘が可能です。

 おそらく、この種の「究極の慰め」の出来る人物は彼らにとって私しかいないだろうと治療するたびに自負しています。

 もう付き合いは十数年に及んでいます。


 私の人生は、自分と体質のソックリな患者さんに救ってもらったようなものです。


 ですから、私が、この世の中で最も尊敬せざるを得ない方々が、私と体質がソックリな患者なのです。

 一男さんも決して例外ではありません。




 ついでに、これまでの「種明かし」の一つをいたしましょう。






 わたくしはブログの記事のなかで「自分は孤独に強く」、「別に彼女すらいらない」などと豪語しています。


 実は私の「孤独」をゼロにしてくれるのが、一男さんをはじめとする「私にソックリな体質」の方々なのです。


 しかし彼らには、「自分とソックリな体質」が直近に座していても全く気づきません。


 その事実に思いが至るたびに彼らへの同情は膨らんできます。  

Posted by 具志堅興清 at 20:10Comments(0)人生論

「アレルギー性鼻炎」のツボ

2012年05月03日

1、675―〇 『 「アレルギー性鼻炎」のツボ 』



 以下、私が「アレルギー性鼻炎」に使うツボを紹介しておきます。


 「アレルギー性鼻炎」に限らず、鼻の疾患の場合、私は主に「頚部」(首)と肩(肩甲間部)と上肢(前腕部・上腕部)のツボを使います。


 1、頚部のツボ 


   まず頚部のツボを使って首の凝りをほぐします。

   ただしツボは前頚部の「胃経」の上にはツボを取りません。

   そこには「頸動脈」が流れているからです。

   さらに 安全策を取り、「胃経」のすぐ近くを走る側頚部の「小腸経」の上のツボも使いません。

   
   ですから首の凝りは後頚部の「風池」(ふうちー胆経)を使ってほぐします。


  1、肩のツボ


     〇「肩井」(けんせい―胆経)


     〇「巨骨」(ここつ―大腸経)

     
     〇「臑兪」(じゅゆ―小腸経)


     〇「天宗」(てんそう―小腸経)


     〇「肩外兪」(けんがいゆ―小腸経)


     〇「膏肓」(こうこう―膀胱経)

           *「膏肓」のツボは上半身全体の「反応点」です


  1、 上肢のツボ

    
      〇「手の三里」(大腸経)

      
      〇「曲池」(きょくち)(大腸経) 


      〇「肩髃」(けんぐう―大腸経)


      〇「肩貞」(けんてい―小腸経)  


   なお人体の筋(すじ)の凝りには「自覚的凝り」と「他覚的凝り」があります。

   鼻炎で鼻水が流出しているときは大抵「凝り」の自覚がありません。

  凝っている場所の凝りの本体である「体内排気ガス」が鼻水に含まれて排除されるからです。

  ところが鍼灸師のう指頭感覚は、ツボの上の凝りを鮮明に感受します。

  この種の凝りを「他覚的凝り」と称します。



  無論、上記のツボを全部一度の治療に使うのではなく、一回目は、せいぜい半分程度のツボを使います。  

Posted by 具志堅興清 at 18:47Comments(0)「針灸医学」

「アレルギー性鼻炎」

2012年05月03日

1、674― 〇 『 「 アレルギー性鼻炎」 』


 副題―「ナオコさんへの回答」


 「アレルギー性鼻炎」で訪れる患者に私はズバリと告げます。

 「すばらしい体質でよかったじゃないですか!」

 言われた患者は一瞬、怪訝(けげん)な表情を浮かべます。



 さて人体には比較的に目立つ穴が九つ開いています、

 頭部(顔面部)の目の二つの穴、鼻の二つの穴、耳の二つの穴、口の穴の七つ。

 それに下腹部の前後の大小の便の出口があります。

 これら九つの穴を「九竅(きゅうきょう)」と呼びます。




 顔面部に開いた穴は感覚器であり、呼吸器の一部であり消化器の一部です。

 そして下腹部の二穴が排泄器です。


 人体は、取り入れて活用した飲食物からできた老廃物を体外に排出しなければなりまん。

 その排出を担うのは下腹の二穴です。





 健康で全く崩れのない体質ならば、「排泄器」と「呼気」と「発汗」とで老廃物の排出作業をすべてこなしてくれます。


 ところが人体に少しでも体質の崩れが生じると、人体の有する「体の知恵」は、上部(頭部)に開口した七つの穴も臨時の「排泄口」として活用します。

 「鼻水」も、このような「体の知恵」による老廃物の排泄作用にほかなりません。



 しかし鼻は本来が「感覚器」(嗅覚器)です。

 鼻粘膜には感じやすい鋭敏な神経が一杯そなわっております。

 これらの過敏な神経が「鼻水」に含まれた「体内排気ガス」の強烈な刺激に直撃されるのですから「鼻炎」の苦しみは並大抵ではありません。



 なお、針灸医学の「経脈理論」では、「鼻」イコール「お腹」なんです。

 具体的には鼻を縦横に「「胃経」と「大腸経」と「小腸経」の経脈(気の流れ)が走行しています。

 ですから「アレルギー性鼻炎」の根治の決め手は「お腹にやさしい飲食物の摂取の仕方」にあります。



 もちろん「アレルギー性鼻炎」のツボもありますから「お腹にやさしい飲食物の摂取の仕方」と「ツボ」を併用すれば、そんなに困難な相手ではありません。  

Posted by 具志堅興清 at 13:49Comments(1)「針灸医学」

「ナオコさん来たる!」

2012年05月03日

1、673―〇 『 「ナオコさん来たる!」 』


 「ナオコさん」は私のブログのコメント欄に時々登場してくださる「イチゴ一枝」さんのお名前です。


 まだ人生華盛り(はなざかり)の若い女性です。


 今日の午前中、ご主人のハリ治療に同行してナオコさんが訪れました。


 ナオコさんは沖縄女性には珍しい長身の美女です。


 ナオコさんの、あまりの美貌に初対面の私のほうが緊張してしまいました。


 しかし人柄は至って気さくな方で、応対する私としては大いに助かりました。  

Posted by 具志堅興清 at 11:44Comments(2)ブログ投稿ばなし

「孤独」

2012年05月02日

1、672―〇  『 「孤独」 』



 自分だけが歌うための「演歌の作詞」です



 * 『 孤独 』



1、 「人が皆われより偉く見える日」と、啄木は詠いました。


   そういえば、私にもありました。


   「人が皆われより幸せに見える日」がありました。


   二十四(にじゅうし)の年の秋の夕暮れ

  
   東京は新宿の人群れの街角


 2、「人が皆われより偉く見える日」が、ありました。


  そういえば私も行きませんでした


   二十四(にじゅうし)の春、同期の集まり


   「人が皆われより幸せに見えた」からです。





   翌日、ヤマト行きの船に乗りました



 3、「人が皆われより偉く見える日」がありました


   東京は板橋の安アパートのなか


   花も盛りの美貌の乙女

   
   彼女も、やたら偉くみえました

   
   今は、ただただ感謝の想いのみ  

Posted by 具志堅興清 at 21:53Comments(0)「演歌」の「作詞」

人生は色々様々でゴザイマス!

2012年05月02日

1、671― 〇 『 人生は色々様々でゴザイマス! 』



 人生は、色々様々でゴザイマス。

 スタートから全力疾走して、アッというまに人生を駆け抜けていく天才もいます。

 石川啄木に代表される夭折(ようせつ)の天才たちです。


 逆に人生をマラソン(長距離走)に見立てて、人生の後半に大輪の花を咲かせる「大器晩成」の努力の人もいます。

 そして前半に全力疾走したがために後半には見事に失速する人もいます。


 さらには私のように、人生の前半から後半まで終始一貫「ノロノロ運転」を貫こうと心がけている人もいます。


 それぞれの「生き方」ですから、「どっちが正しい生き方」なのかは、誰にも決められるものではありません。

 
 それぞれの「生き方」ですから、「どっちが悪い生き方」なのかは、誰にも決められるものではありません。


 結論を言いましょう。

 
 「人間それぞれ人格の異なる人たちの色々様々な「生き方」なのですから、「どっちだっていい」のではないでしょうか。





 『他人を自分の生き方に強制する権利は、人間の誰にも与えられてはおりません!』  

Posted by 具志堅興清 at 20:39Comments(0)人生論

「特選愛唱歌集」

2012年05月02日

1、670―〇  『 「特選愛唱歌集」 』



 私には自分用の「特選愛唱歌集」が二冊あります。

 二冊ともパソコンで製本したものです。

 一昨年、松川に住んでいたころに制作しました。

 一冊に25曲の演歌がまとめられています。

 A4の紙の全面に大きな字で歌詞が打たれています。

 もちろん、何ページには何という曲があるかの目次も二枚付いています。




 私の「特選愛唱歌集」の特徴は目次にあります。

 目次の「歌のタイトル」の横には「私の大好きな歌手」のお名前が特筆されているのです。


 「私の大好きな歌手」とは「私がインターネットで彼(彼女)と一緒に歌う歌手のことです。


 その歌をヒットさせた歌手もあれば別の有名無名の歌手もあれば素人の歌手もいます。

 その歌をヒットさせた本人は、私の「特選愛唱歌集」にはほとんどいません。

 そこがテレビの歌番組とインタ―ネットの歌番組の大きな違いでしょう。

 子供ならともかく今時、テレビの歌番組を観ながら歌手と一緒に本格的に歌う大人はいないのではないでしょうか。



 さて、引っ越し作業のなかで「特選愛唱歌集」の№2が、なかなか見つからず、困惑していましたが、今日、ようやく、それを発見しました。  

Posted by 具志堅興清 at 19:57Comments(0)趣味

やっと汗が出るようになりました!

2012年05月01日

1、669―〇 『 やっと汗が出るようになりました! 』



 やっと私の体から汗が出るようになりました!

 やっと私の胸や背中から汗が出るようになりました!



 世の中には「自分は汗をかきすぎて困っている」と愁訴する人間が少なくありません。


 この種の体力と発散力のある人間には、とてもとても冒頭の私の「喜びの声」は理解できないことでしょう。



 昨年の初めごろのことでした。

 私の体に異変が起こりました。

 もちろん大いに喜ぶべき異変です。

 夏でも「寒がり」の私の体から冬なのに汗が出るようになったのです。

 「しめた!」と夜中に私は大きな喜びの雄叫び(おたけび)を上げました。

 長い間の私の崩れた体質に好転の兆しが起こったのです。



 しかし、その半年後、私には強制立ち退きによる大変な「引っ越し作業」が待ちかまえておりました。





 200個近い梱包作業も自力でやり通しました。

 すべては好転した体のおかげです。

 引っ越し作業は、すべて親孝行者の息子たちが引き受けてくれました。

 息子たちには大いに助けられました。



 ところがところが引っ越し後の新居には、運んできた梱包の整理が待っていました。

 「蔵書マニア」の私にとって200個の箱のほとんどが蔵書ですから、他人が手伝う余地がありません。


 引っ越し終了から二か月目、出ていた私の体の汗がピタリと止まりました。

 昨年の10月半ばの出来事でした。


 私は「自己催眠」の達人を自称しています。

 「自己催眠」の基本は「自己暗示」です。

 「自己暗示」の基本は「暗示語」です。


 ずばり言えば「大言壮語」です。

 沖縄語でいえば「チューバフ―ナームヌイー」(偉ぶった言葉)です。

 ブログの記事でも、大いに大言壮語させてもらいました。

 偉くもないくせに大いに「チューバームヌイー」をさせてもらいました。


 

 もはや現代では「発散」の意味は「発汗」だけの意味になってしまいました。

 実際は、「発散」には「呼気の臭気」や「大小便の臭気」など色々様々な「発散現象」があるのです。

 さらには「大ボラ吹き」や「偉ぶる態度」も「発散現象」に他ならないのです。


 ちなみに「発散」(発散現象)を分かりやすく訳すれば「ガス抜き」が一番適切な言葉になるでしょう。


 なお「発散力」は現在では「免疫力」という言葉で表現します。

 私が若いころには「発散力」を「抵抗力」という言葉で表現しておりました。


 ですから「発散力」が落ちると、やたら風邪が引きやすくなります。

 いったん引いた風邪がナカナカ根治しません。  

Posted by 具志堅興清 at 20:52Comments(0)家族ばなし(思い出話全般)

「遊び心(あそびごころ)」

2012年05月01日

1、668―〇 『 「遊び心(あそびごころ)」 』



 年若くして「競争社会」から弾き飛ばされたおかげで、人生の早い時期に「遊び心(あそびごころ)」をおぼえてしまいました。

 私の今までの半生は「遊び心」によって救われたと言っても過言ではないでしょう。


 

 私には、若い時代の短い期間、詩作に没頭した時期がありました。


 しかし、詩作は私を大いに苦しめました。


 当時の私は、詩作につきものの「推敲(すいこう)」によって散々に苦しめられました。


 「推敲」とは、詩の書き直しのことです。


 「傑作意識」が強ければ強いほどに詩作は想像を絶するほどの「推敲」を重ねざるをえないからです。


 そこでサッサと詩作を捨て去りました。



 私が詩作を完全に捨て去ってから半世紀以上も経ちました。


 最近、フト芽生えた「遊び心」から「自分用の演歌の作詞」を始めました。


 それは「自分のブログの部屋」に、瞬時に「推敲」と「清書」が同時に出来るとういう便利な機能が備わっていることに気づいたからです。


 今や私には「傑作意識」など微塵もありません。


 加えて瞬時に「推敲」と「清書」を可能にする優れた器械の機能は私に何らの苦労もかけさせません。  

Posted by 具志堅興清 at 09:20Comments(4)「演歌」の「作詞」

「黄緑色は幸せの色 」

2012年04月30日

1、667―〇 『 「黄緑色は幸せの色 」  』




 * 私が自分だけで歌うための演歌の「作詞」です



   『黄緑色は幸せの色』




 1、北の窓は私の夢


   南の窓は私の現実(いま)


   北の窓は深く重く沈んだ緑


   南の窓は淡く目立たぬ黄緑色

 
   そこで生命(いにち)が今日も輝く


 2、黄緑色は私の現実(いま)


   青緑色(あおみどりいろ)は私の夢

  
   自由気ままの緑色

  



   黄緑色の暮れる黄昏(たそがれ)

   
   けれど今日も生命(いのち)は輝く


 3、黄緑色こそ我が人生


   何時も途中で摘まれるばかり


   苦しきことのみ多かりき


  苦しきことこそ楽しけれ


    若草色は幸せの色  

Posted by 具志堅興清 at 21:46Comments(2)「演歌」の「作詞」

「今日の夕食」

2012年04月30日

1、666―〇  『 「今日の夕食」 』



 今日の私の夕食を紹介しましょう。


 キャベツの味噌汁に沖縄産の長くて丸い筒状の「焼き麩(ふ)」をちぎって叩き込むだけの簡単な料理です。


 「麩料理」にも様々な料理法があるようですが、私は徹頭徹尾、この料理法しか致しません。


 理由は、この料理法が私にとっては一番おいしいからです。



 子供のころ、私は「パンに似て全くパンにあらざるところの麩(ふ)」の正体がサッパリつかめませんでした。


 実は、そのころ麩を作る元になる「グルテン」なら、いつも自分の口の中で製造していたのです。

  
 当時の沖縄には「麦畑」が沢山ありましたので、麦畑から麦の穂を」何本か失敬してきて口の中に放り込み、しばらく噛んでいるとネバネバの物質が出来上がりました。

 私たちは、そのネバネバの物質を「モチ」と呼んでいました。

 その「モチ」をチューインガム代わりに噛んでいました。

 このネバネバの「モチ」こそ、「麩(ふ)」の原料の「グルテン」だったのです。



  

「そんなはずではなかったのに」

2012年04月30日

1、665―〇 『 「そんなはずではなかったのに」 』


 * 自分で歌うための「演歌」の作詞です。




 『 そんなはずではなかったのに 』(父と子)






 1、 「そんなはずではなかったのに・・・」


    暗い夜道の独り言

  
   「またしても、しくじっちまった!」


    薄暗がりの雨の下り坂


 

 2、「ずいぶんと遅かったじゃないか・・・」


   古くも聞き慣れた父(おや)の声



   「またしても、しくじっちまった!」





   飛ぶ蚊の羽音(はおと)に雨の吐息(といき)



 3、「しくじったって、いいじゃないか・・・」


   背中に触れた親の温(ぬく)もり


  「またしても、しくじっちまった!」


   窓の向こうには遠くの灯(あか)り  

Posted by 具志堅興清 at 13:03Comments(0)「演歌」の「作詞」

「天国の妻との会話」

2012年04月29日

1、664―〇 『 「天国の妻との会話」 』

 
 「おとうさん。近ごろ、大分元気が回復したみたいですね」


 「はい。大分、元気が回復しましたよ、おかあさん!」


 「子供達には、もう、お父さんしかいませんので、くれぐれも体には気をつけてください」

 「分っていますよ、おかあさん。それで、そちらに旅立ったおばぁ(義母)は元気かね」


 「元気も元気、こちらの魂だけの世界では誰もが未来永劫、元気を授けられていますから」

 「やはり、おばぁは大もての大もてでしょう?」

 「どうして、おとうさんに分かるの?」

 「それは、おばぁが日本一の苦労人だったからだよ」

 「まさに、その通りで、みんなから大尊敬されています!」

 「向こうの世界でも、おばぁは相も変わらず気を使っているのかね?」


 「おとうさん、こちら側の世界でも相手に対する“気遣い“は大事な徳目の一つです。ですからおばぁは相も変わらず誰にでも気をつかっておりますよ」

 「気の毒に!」

 「気の毒なんて、とんでもありません!」





 「ああ、そうか。実際は気を使わないようにみえたお前のほうが気を使っていたのだからなあ」

 「そうなんですよ。気遣いを表に出す人よりも表に出さない人のほうが、より多く気を使っているのですよ」

 「お前、生きている時に、それを夫の私に教えてくれればよかったのに・・・・」  

Posted by 具志堅興清 at 19:53Comments(0)家族ばなし(思い出話全般)

「 上衝(じょうしょう) 」―(再録作品) 

2012年04月29日

1、663―〇 『 「 上衝(じょうしょう) 」―(再録作品) 」



 「上衝(じょうしょう)」とは、「気が上方へ衝(つ)き上がっていく」という意味です。


 針灸医学の「経脈(けいみゃく)理論」では、経脈内での気(ガス)の逆行(逆流)が起こり、主に排気のために上方(頭部)から下方(足元)へ進んでいる経脈内の気(ガス)が上方を目指して衝(つ)き上がっていく現象を「上衝(じょうしょう)と言います。


 いったい、「上衝」の現象(症状)はどうして起こるのでしょうか。


 人体の生命活動で使い古された気(ガス)―いわゆる「体内排気ガス」は、大半は下腹部前後に開く二穴から大小の便とともに排出されます。

 ところが、もし体調不全で排出すべきすべてが下腹部の二穴だけでは十分に果たされないとき、人体の機能は、人体の他の穴の活用をも試みます。

 他の穴とは、目の二穴、鼻の二穴、耳の二穴、口の一穴であり、汗腺や毛の穴のことです。

 ちなみに汗腺や毛の穴以外の比較的に大きめの穴を「九竅(きゅうきょう)」といいます。


 大小便の強烈な刺激臭でお分かりのように、もともと人体内部の「体内排気ガス」は、かなりの「刺激物」であります。


 「上衝(じょうしょう)」によって、これらの刺激の強いガスが、目や鼻や耳や口の穴を介して排出されるのですから、たまったものではありません。




 しかも本来、頭部(顔面)に開いたこれらの穴は神経的にも鋭敏な「感覚器」なのです。


 超鋭敏な「感覚器」の神経が「体内排気ガス」の強烈な刺激をもろに受けるのですから、当然、複雑な「不快症状」が発現するでしょう。


「上衝(じょうしょう)は、一般的には「のぼせ」の言葉で知られています。

 

 ただし「のぼせ」は、頭部や首や肩に発現する症状をいいますが、「上衝」による症状は、排出されるはずの「体内排気ガス」が「胸部」に衝き上げた場合にも起こります。

 「胸苦しさ」、や「心臓ドキドキ」などの症状です。

 特殊な症状としては、何も悲しくないのに胸(こころ)が傷みます。



 さらに「上衝(じょうしょう)」は、病気だけでなく疲労や気候の変動や感情の動きなど、様々な刺激によっても起こります。

 たとえば、「季節の変わり目」に起こる「のぼせ」などは、気候の変動が引き起こした症状です。



 なお、ついでに付け加えておきますが、たとえば超美貌の女性や超偉い人を前にしたときに起こる、「頭がマッシロ状態」や「顔がほてる」といった「上がる」という現象も「上衝く」の範疇に入ります。


 これらは、感情の激しい動揺によって引き起こされる、ごく自然な現象ですから,決して恥じ入ってはなりません。

 * ( 2009年12月25日の投稿)  

Posted by 具志堅興清 at 18:22Comments(0)再録作品(ベスト50以内)

やはり「日曜大工」は最高です!

2012年04月29日

1、662―〇 『 やはり「日曜大工」は最高です! 』

 今日は朝から「日曜大工」です。

 「本棚作り」と「棚掛け」と「流しにひと工夫する作業」です。

 私の「日曜大工」の特徴は、あくまでも自分一人だけでの施工だということです。

 それは、わざと早期に仕上げないがための工夫です。



 「本棚作り」は、前回の三台目で終了するつもりでしたが、新たに横幅五〇センチの空間を見つけましたので、そこにはめ込む四台目の本棚が必要になったからです。


 私の「日曜大工」の第一工程は「材料の買い求め」です。

 私は「材料の買い求め」のたびに、車を選んでくれた息子に感謝します。

 私の車は小型車ながらも長さが二メートル九十センチの木材の積み入れが可能だからです。

 たとえば今日の寝間の「棚掛け」には二メートル六十五センチの長い材料が必要でしたが、ゆうゆうと積み入れることが出来ました。



 なお、私の「日曜大工」と「自炊」は若い独身時代からの趣味です。

 この二つの「趣味」には、結婚後も大いに助けられました。

 そして妻亡きあとも大いに助けらました。






 もし私に、これら二つの「趣味」が欠落していたなら、特に妻亡きあとは、有り余る暇のおかげで、次々と孤独感が襲ったかもしれません。  

Posted by 具志堅興清 at 13:39Comments(0)趣味

「ヤーチューの話―(1)」-(再録作品)

2012年04月29日

1、661―〇 『 「ヤーチューの話―(1)」ー(再録作品) 』


 「ヤーチュー」とは、お灸(きゅう)の沖縄語です。

 お灸のことを「やいと」とも言いますが、沖縄語の「ヤーチュー」は明らかに「やいと」からきた言葉でしょう。


 今でこそお灸は衰えましたが、かっての医療貧困な貧しい時代にあっては、医療の大半を民間療法に頼り、その民間療法の中心柱が「ヤーチュー」(お灸)だったのです。


 おそらく、私たちの先祖のうち、お灸の恩恵を受けなかった人はいないはずです。


 私が子供だった時代は、まだまだ、お灸中心の民間龍法が盛んな時代でしたので、私自身も大いに灸療(お灸による治療)を体験しましたから、お灸には深くなじんだ世代に属します。

 ですから、お灸に関する話題であれば、いくらでもあります。

 今後、次々と書いていくつもりです。



 さて、お灸(ヤーチュー)には、直接灸と間接灸があります。

 直接灸とは、皮膚の上に直接、もぐさを据えて焼く方法です。

 間接灸とは、皮膚の上に生姜(しょうが)や大蒜(にんにく)の薄片を置いて、その上から、もぐさを焼く方法です。

 ちなみに、民間療法全盛時代の沖縄のヤーチュー(お灸)は、ほとんどが直接灸でした。





 間接灸は、隔物灸ともいい、めったに灸痕(きゅうこん)は出来ませんが、直接灸は据えたあとに灸痕が出来ます。

 そのため、灸療全盛時代に生きた年輩の方々の背中には、灸痕のある背中が少なくありません。



 私も若くして慢性病を患ったので、今もって背中やお腹だけでなく全身の各所にヤーチュー(お灸)の痕(あと)が残っています。

 灸痕は本人にとって、人生の戦いの跡(戦跡)であり、いかに苦しい体験をしたかの証拠です。

 むしろ、大いに誇りとすべき痕跡(こんせき)だと私は考えています。
 
 * (2009年12月24日の投稿)  

Posted by 具志堅興清 at 08:17Comments(0)再録作品(ベスト50以内)