プロフィール
具志堅興清
針灸開業歴四十余年。 中国針専門。 得意は脈診(みゃくしん)。 具志堅鍼灸治療院 治療時間 午前9時~午前11時 午後2時までは昼休み 午後2時~午後6時 日曜日は毎週、休みです。 公休日は治療しています。 針治療するハリは、衛生的で安全な 使い捨て針を使用しています。 新しい針灸院は、「幸地入口バス停」の奥にある「首里福音教会」前の急坂道の裏の行き止まりにあります。 西原町字幸地 586―20 が新住所名です。
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てぃーだブログ › 「針灸おじさん」=具志堅興清 › 家族ばなし(思い出話全般) › たとえ我が子でも「人格」は別個だから

たとえ我が子でも「人格」は別個だから

2012年02月04日

1、486―〇 『 たとえ我が子でも「人格」は別個だから 』

 「人格」には色々な意味があります。

 

 色々な意味がある上に、さらに「人格者」という言葉が存在し、「人格」の意味をさらに分かりにくくしてしまいました。

 「人格者」とは、経歴・識見ともに社会的に「立派な人物」と評価された人をいいます。


 その言葉の登場は、「人格」の意味を極めて曖昧模糊(あいまいもこ)なるものにしてしまいました。

 「人格」と言う言葉は、決して曖昧模糊ではいけない時代なのです。


 私は「人格」の意味は、そろそろ「人間の人としての主体」」に統一すべきだと考えます。

 

 現在、「人格」が曖昧模糊なるがゆえに「救われない親」が如何に多い事か!

 もう、そろそろ「人格」を「人間の人としての主体」に統一すべきです。


 大きな時代の「うねり」の過渡期の現在、家庭的に次の状態の子どもたちが、あまりに多すぎます。

 まずは、三十代になっても相変わらずの「引きこもり」のままの方々です。

 次は、生活能力はあっても四十代になっても五十代になっても「独身貴族」のままの方々です。


 このような「親の悩み」に対し、識者は「お父さん。お母さん。子どもさんは元々あなたとは人格(じんかく)は別個なのですよ」と説得します。

 「人格」が「人間の人としての主体」に統一されておれば、識者による親の悩みを説得するのは容易です。

 しかし、今のように「人格」の意味が曖昧模糊として色々様々に解釈されたのでは、悩める親の説得も至難のワザでしょう。

 ちなみに「人間の人としての主体」(人格)は、思春期の「自我の目覚め」のころに確立されます。

 つまり精神的には完全に親から独立してしまったのです。

 ですから、もはや「親のいいなり」にはなりません。

 それ以降は、むしろ「親の言うことを聞かない子」のほうが「普通の子」なのです。



この記事へのコメント
連絡できずですいません(>_<)

お父さんの送って下さった指圧器が大活躍してぃます(*^o^*)友達など遊びに来ると早速自慢しては、試してみるように促すと、友達達もたちまち、指圧器の虜になってぃますo(^-^)o
貴也さんにも使うように勧めますが、彼は凝りを知らないため、気持ち良いというよりは、痛く感じるそうです。


私が使いながら、あ~気持ちいいを連呼すると、彼は首を傾げながら、それは良かったとだけ言います(^w^)

輸送料も大変だったと思いますが、お父さんの気持ちが嬉しかったですo(^-^)o
本当にありがとうございます
Posted by 伊藤みな at 2012年02月05日 05:06
ミナちゃん。

 「体の筋(すじ)の凝り」には特効薬など存在しません。

 よく「クスリ」で慢性的な凝りが治ったと製薬会社は宣伝します。

 その宣伝の中味を、鍼灸師の私から解説すれば、単に「自覚的凝り」が「他覚的凝り」に変わっただけのハナシなんです。

 「体の筋(すじ)の凝り」も明らかに「その人の個性」なんです。

 なにしろ疲れやすいので勉強にしろ仕事にしろ、「他者との競争」には向きません。

 その代わり、真正面から向き合えば、確実に精神面を鍛えてくれます。

 一生を通して「凝り」をみれば、凝ることは決して人生のハンディにはなりません。
Posted by 具志堅興清具志堅興清 at 2012年02月05日 14:07